Days in AUS vol.02
“Hey Fumo san”
彼はオレをこう呼ぶ。オーストラリアで出会った人でも印象深いひとりだ。出会いは単純で、バイトだ。単純だったが、キッカケなんてどうでもいい。その後が、重要だからだ。
メルボルンに着いた9月は冬の終わりかけで日中はあったかいが夜は冷えた。日本とは真逆の季節感に順応することや、口座開設や転入届などの手続き、20軒を超える部屋探しやらなんやらで1ヶ月はあっという間に過ぎ去った。「働かないと」と焦り、手当たり次第に応募した。当初の予定ではデザイン関連の仕事を探していたが、ぽっと出の、つい昨日まで大学生だった日本人にはスキル不足だった。浅はかな計画をチェンジして日本で経験のあった、カジュアルバーテンダーの仕事に応募した。するとすぐに返事が来て面接に。店長に「エスプレッソマティーニを作ってみろ」と試されるが、レシピどころか名前まで知らなかったので作ることが出来なかった。結果、バーテンダーのアシスタントで採用された。職場は大きなカジュアルレストランのバーで、ひっきりなしにオーダーが来る。それに合わせて3人のバーテンダーがカクテルを作る。ビールを注ぐ。ワインボトルを開ける。これを夕方17時から真夜中まで永遠に繰り返す。オレはそんなバーのアシスタントだった。具体的にはビールやワインを注いだり、グラスを下げたり洗ったり、カクテルの材料の準備をしていた。「今日の夜ご飯何食べようかな」という事さえ考える暇が無いほどのスピード感、物量、初の海外での仕事。オレは食らってしまった。
前置きが長くなったが、そこで出会ったのがJEAN(ジョン)だ。タイ出身で明るくユーモラスなバーテンダーだった。歴が長く、ニュージーランドにあるホテルのバーでも長く働いていたらしい。そのため仕事がすごい出来る。要領がいいのはもちろん、一つひとつの所作に無駄が無く、そしてものすごく速い。べらぼうに忙しく、慣れない初日に笑顔で新入りのオレに話しかけてきた。もちろん手を動かしながら。向こうから話しかけてきてくれた、それだけでも嬉しかった。日本についてあまり知らなかったが、「さん」を付けて呼ぶことは知っていたのでその日から“Fumo san”と呼ばれるようになった。1ヶ月が経つ頃には店長を含め職場全体での愛称になっていた。JEANがみんなにオレを紹介してくれたからだ。仕事での楽しみはピークタイム後のタバコ休憩通称 “Ciggy Break”と、仕事終わりに行くLa Casaのテイクアウトピザだった。
仕事以外でも家に行ってゲームをしたり、写真を撮りに街へ出かけたりと交友があった。印象的なのは、彼が通っていたメディア系学校の授業の一環でオレについての5分程度のドキュメンタリー映像を制作してくれたことだ。インタビュー形式で彼が用意した質問に対して、オレが答える。それを撮ってインサートで関連の映像を流す。毎日電話して打ち合わせをした。彼のパッションがすごく伝わり、こちらも看過された。出来上がった映像を見た時は嬉しくて友達に自慢してまわった。今でも見返すことがある。
出会って2年。別れを告げて1年。いつか彼に会ったら、また一緒にCiggy Breakをしたいと思う。